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福岡地方裁判所 平成5年(ワ)931号 判決

福岡県〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

和智凪子

東京都〈以下省略〉

被告

ユニバーサル証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

吉田哲

三好徹

江川清

竹内義則

星隆文

根本雄一

渡辺昇一

主文

一  被告は、原告に対し、金三九九万三三八五円及びこれに対する平成三年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二二九九万六五九七円及びこれに対する平成三年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、証券会社である被告に対し、被告の従業員による違法な勧誘により、株式の信用取引、過当取引をさせられ、損害を被ったとして、不法行為に基づく損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告(昭和七年○月○日生まれ)は、過去に仕事に就いたことのない専業主婦であり、昭和五五年ころから、株式の購入を始めており、コスモ証券、東京証券及び前田証券を通して取引を行ってきていたが、平成二年一〇月以前には、信用取引の経験はなかった。

2  被告の従業員であるBは、平成二年一〇月ころ、新規顧客開拓のため、税理士名簿に搭載されている税理士宅に順次電話をかけ、被告を通した株式取引を勧誘しており、同名簿に搭載されていたC(以下C」という。)の自宅にも勧誘のための電話をした。

3  その際、Cが留守であったため、Bは、電話に出たCの妻である原告に対し、株式に興味があるかどうかを尋ねたところ、原告は、他の証券会社を通じて株式取引をしている旨の話をしたため、Bは、原告に対し、その後数回電話をかけ、被告を通しての株式取引の勧誘を行った。

4  Bの勧誘を受けて、原告は、被告を通しての株式取引を開始することとし、平成二年一〇月一五日、電話により、Bの推奨する「群栄化学」一〇〇〇株を指値である金一三八〇円で購入する旨の約定を行い、同月一八日、被告福岡支店に出向いて、夫C名義の「総合取引申込書」を「群栄化学」株購入の約定日である同月一五日付けで作成し、「群栄化学」一〇〇〇株の購入代金一四〇万円を支払い、前田証券から引き上げて手元に保管していた「日本甜菜糖」、「三井金属」、「神鋼電機」各一〇〇〇株及び「日本電信電話」一株を被告の保護預りとして寄託した。

5  原告は、平成二年一〇月一八日、指値である一四七〇円で「群栄化学」一〇〇〇株を売却し、翌一九日には、Bの勧めに従って「三井造船」二〇〇〇株を購入した。

6  原告は、平成二年一〇月二六日付けで、夫C名義の「信用取引口座設定約諾書」を作成し、同日の約定にて、「鉄建建設」四〇〇〇株の信用買建を行ったのを皮切りに、被告を通しての信用取引を開始した。

7  原告が、夫C名義で、被告を通して行った株式取引(現物取引及び信用取引)及び口座の変動等については、別紙記載のとおりである(ただし、別紙の銘柄欄において「日輝装」とあるのは、いずれも「日機装」と訂正する。)。

(一) 別紙記載番号2ないし5の株式入庫は、いずれも、当初は保護預りであったが、平成二年一〇月二九日に信用取引のための担保である信用代用証券に変更されている。また、同10ないし13、34ないし38の株式入庫は、いずれも信用代用証券としての入庫であり、このうち、同34ないし38の株式入庫は、同年一二月四日に発生した担保不足に伴う追証(同31)のための入庫である。また、信用取引開始後、原告が現物売買により購入した株式等(同24、59、60、67、70)や原告が現引した株式(同48、49、53、63、65)は、直接あるいは一旦保護預りとした上で、いずれも信用代用証券とされている。

(二) 追証は平成二年一一月二八日にも発生している(別紙記載番号28)が、これについては、原告が、同年一二月三日、現金一五〇万円を入金した(同30)ため、同日解消している(同29)。

(三) 原告が、信用取引により買建した株式と、その後の信用決済又は現引等の状況は、次のとおりである。

(1) 「鉄建建設」四〇〇〇株

① 平成二年一〇月二六日(約定日。以下同じ。)、信用買建(別紙記載番号17)

② 同年一一月一三日、信用決済(同21) 決済益 金一万三六二〇円

(2) 「日機装」三〇〇〇株

① 平成二年一〇月二九日、信用買建(同19)

② 同年一二月二一日、一〇〇〇株現引(同53) 現引代金一八三万三三六一円

③ 平成三年二月二一日、一〇〇〇株現引(同65) 現引代金一八六万一六六七円

④ 同年四月二六日、一〇〇〇株信用決済(同71) 決済損 金七七万八一七九円

(3) 「倉敷紡績」五〇〇〇株

① 平成二年一一月一日、信用買建(同20)

② 同年一二月七日、現引(同48、49) 現引代金合計金七〇二万七八三七円

③ 平成三年一月一一日、一〇〇〇株売却(同55) 売却損 金五三万七八三三円

④ 同月三一日、二〇〇〇株売却(同58) 売却損 金六四万二九四三円

⑤ 同年二月二一日、一〇〇〇株売却(同64) 売却益 金三九万〇七二七円

⑥ 同年四月一九日、一〇〇〇株売却(同66) 売却損 金三一万二九八二円

(4) 「日立プラント」四〇〇〇株

① 平成二年一一月一四日、信用買建(同22)

② 同日、信用決済(同23) 決済益 金三万九三二一円

(5) 「本州製紙」二〇〇〇株

① 平成二年一一月一五日、信用買建(同25)

② 平成三年一月一一日、一〇〇〇株信用決済(同57) 決済損 金一七七万四六六一円

③ 同年二月七日、一〇〇〇株現引(同63) 現引代金二八七万七九八九円

(6) 「鉄建建設」三〇〇〇株

① 平成二年一一月二〇日、信用買建(同27)

② 同年一一月二九日、信用決済(同32) 決済損 金五四万一〇九九円

(四) 現物売買及びその口座の動きは、次のとおりである。

(1) 口座開設のきっかけとなった「群栄化学」一〇〇〇株を指値で売却し(別紙記載番号8)、その代金で「三井造船」二〇〇〇株を購入し(同9)、その差額を含めた口座残高から、平成二年一〇月二六日、信用取引口座設定約諾書に貼用する収入印紙代金四〇〇〇円を控除した金二〇万一四三八円と原告が入金した金四〇万円(同14)の合計金六〇万一四三八円を委託保証金へ移行(口座残高金〇円)。

(2) 「三井造船」二〇〇〇株を指値で売却し(同15)、売却代金から、原告に金四〇万円を支払い(同16)、残金八三万五三五二円を委託保証金へ移行(口座残高金〇円。委託保証金残高金一四三万六六七〇円)。

(3) 「日本電信電話」一株を売却し(同18)、売却代金一一二万一八一五円を委託保証金へ移行(委託保証金残高金二五五万八四八五円)。「鉄建建設」四〇〇〇株、「日立プラント」四〇〇〇株の信用決済益(同21、23)入金(口座残高金五万二九四一円)。

(4) 原告が、金一〇〇万円を入金し(同26)、それで「外国株ファンド」を購入(同24)(口座残高金五万八五四七円)。

(5) 原告が、追証として現金一五〇万円を入金し(同30)、そのうち金一一五万九〇〇〇円が委託保証金へ移行された(口座残高金三九万九五四七円。委託保証金残高金三七一万七四八五円)が、「鉄建建設」三〇〇〇株の信用決済損金五四万一〇九九円(同32)の補填に際し、平成二年一二月四日、委託保証金から金八九万六〇〇〇円を取り崩し(委託保証金残高金二八二万一四八五円)、その中から、原告に金七五万円を支払(同39)(口座残高金四四四八円)。

(6) 「外国株ファンド」を売却し(同40)、また、平成二年一二月六日、委託保証金から金七〇万三〇〇〇円を取り崩し(委託保証金残高金二一一万八四八五円)、原告に金五〇万円を支払(同41)(口座残高金一二〇万九九八〇円)。

(7) 原告が信用代用証券として差し入れていた「中野組」、「大和ハウス」、「日本化薬」及び「富士通」各一〇〇〇株並びに「旭化成」及び「日本鋼管」各二〇〇〇株を売却し(同42ないし47)、その売却代金で「倉敷紡績」合計五〇〇〇株の現引を行い(同48、49)、口座残高から、原告に金五〇万円を支払(同50)(口座残高金六〇万〇九八八円)。

(8) 「三井金属」一〇〇〇株を指値で売却し(同51)委託保証金から、平成二年一二月二一日に金五〇万円を、同月二五日に金五二万三〇〇〇円を取り崩し(委託保証金残高金一〇九万五四八五円)、原告が信用代用証券として差し入れていた「三井物産」一〇〇〇株を指値で売却し(同52)、これらによって、「日機装」一〇〇〇株の現引を行い(同53)、原告に金五〇万円を支払(同54)(口座残高金五三万九八〇二円)。

(9) 委託保証金から、平成三年一月八日に金一七万九〇〇〇円、同月一四日に金一六万八〇〇〇円を取り崩した(委託保証金残高金七四万八四八五円)が、「本州製紙」一〇〇〇株の信用決済損(同57)を補填するため、「倉敷紡績」一〇〇〇株と原告が信用代用証券として差し入れていた「神鋼電機」一〇〇〇株を売却(「倉敷紡績」一〇〇〇株の売却損は金五三万七八三三円。同55、56)(口座残高金七五万〇四〇二円)。

(10) 委託保証金から、平成三年二月一日に金一一万一〇〇〇円、同月八日に金二七万九〇〇〇円を取り崩し(委託保証金残高金三五万八四八五円)、「倉敷紡績」二〇〇〇株を売却し(売却損は金六四万二九四三円。同58)、「関西電力CB」、「住友電工CB」を指値で購入した(同59、60)が、これらを指値で売却して(同61、62)、「本州製紙」一〇〇〇株を現引(同63)(口座残高金四三万六八五八円)。

(11) 「倉敷紡績」一〇〇〇株を指値で売却し(売却益は金三九万〇七二七円。同64)、「日機装」一〇〇〇株を現引(同65)(口座残高は、平成三年三月一九日に名義書換料が支出されたため、金三六万九五八〇円)。

(12) 委託保証金から、平成三年四月一七日に金一七万九〇〇〇円を取り崩し(委託保証金残高金一七万九四八五円)た後、「倉敷紡績」一〇〇〇株を売却し(売却損は金三一万二九八二円。同66)、「トキメック」一〇〇〇株を購入(同67)(口座残高金五四万八四七七円)。

(13) 原告が信用代用証券として差し入れていた「日本甜菜糖」一〇〇〇株、「サンデン」各一〇〇〇株を売却し(同68、69)、「セーラー万年筆」一〇〇〇株を指値で購入(同70)(口座残高金三四万三八二九円)。

(14) 「日機装」一〇〇〇株の信用決済損(同71)を補填するため、委託保証金残金一七万九四八五円を取り崩し(委託保証金残高金〇円)、原告から現金二五万四八六五円入金(同72)(口座残高金〇円)。

(15) 原告は、平成三年五月一七日、「本州製紙」一〇〇〇株(平成二年一一月一五日信用買建(同25)、平成三年二月七日現引(同63))、「日機装」二〇〇〇株(平成二年一〇月二九日信用買建(同19)、同年一二月二一日(同53)及び平成三年二月二一日(同65)一〇〇〇株ずつ現引。)、「トキメック」一〇〇〇株(平成三年四月一九日購入(同67))、「セーラー万年筆」一〇〇〇株(平成三年四月二二日購入(同70))、「東京建物」一〇〇〇株(平成二年一〇月二九日信用代用証券として入庫(同13))を、被告から引き上げ(同73ないし77)、被告との取引を終了した。

(16) 平成三年七月九日に「日機装」一〇〇〇株(信用決済分)の確定配当金六〇〇〇円が入金となり、同月三一日、原告に右金六〇〇〇円を支払(同78)。

(以上につき、甲第一号証ないし第三号証、第四号証の一ないし五、第五号証の一ないし三四、第六号証の一ないし一〇、第七号証の一ないし四、第八号証の一ないし三一、第九号証、乙第一号証、第三号証の一、二、証人B、原告本人、弁論の全趣旨)

二  争点

1  Bの故意・過失の有無、責任

原告は、次のとおり主張している。

(一) Bの原告に対する勧誘は、信用取引不適格者に対するものである。

(二) Bが、原告に対して、信用取引を勧誘するに当たり、信用取引の仕組み、危険性等についての十分な説明を尽くしていない。

(三) 個々の取引が、Bの断定的判断に基づく、事実上の売買一任の状態で行われたものであって、取引一任勘定にかかる法規制を潜脱する違法なものである。

(四) Bの行為は、数量、頻度の過当な取引の禁止に違反する違法な行為である。

(五) Bは、保護預り制度を悪用して、信用代用証券として保護預りしていた株式を原告に無断で売却した。

2  損害

原告は、原告が被告に対して支払った現金合計金四五五万五〇六五円及び原告が信用代用証券として被告に差し入れ、委託保証金名下に売却された株式、CB等の売却代金の合計額金二〇六九万七五三二円の合計金二五二五万二五九七円から被告が原告に対して払い戻した合計金二二五万六〇〇〇円を差し引いた金二二九九万六五九七円が、原告の被った損害であると主張している。

第三争点に対する判断

一  争点1(一)(信用取引不適格者に対する勧誘か否か)について

1  株式の信用取引は、投資者が委託保証金として一定の現金ないし株式、公社債等の代用証券(代用証券については、その種類に応じて掛目が定められている。)を証券会社に担保として差し入れ、売付けに必要な株券や買付けに必要な資金を借りて売買し、一定の期間内に、それを返済する取引をいい、本件のように、信用買建から始める場合には、投資者が担保として差し入れた委託保証金の三〇分の一〇〇までの信用を証券会社から付与されるため、比較的少ない資金で、その三倍以上の投資をすることが可能となり、手持資金に比べてより大きな利益が期待できる反面、損失もまたより大きくなる危険を孕んでいるものであるから、信用取引を勧誘する証券会社の営業担当者としては、勧誘対象者が、信用取引の仕組みを十分理解し、そのリスクを踏まえて、自らの責任において投資判断をなし得るだけの投資経験・知識を有し、また、そのリスクに耐えられるだけの十分な資力を有しているか否かといった点を見極めた上で、投資勧誘すべきものであることは言をまたないところである。

2  これを本件について見るに、前記のとおり、原告は、過去に仕事に就いたことのない専業主婦であり、昭和五五年ころから株式取引を始めていたとはいっても、原告がBを通して行った株式売買取引は、平成二年一〇月一五日約定の「群栄化学」一〇〇〇株の買付(別紙記載番号1)が初めてであり、本件の信用取引開始までの間に、右「群栄化学」一〇〇〇株の買付とその売付(同8)及び「三井造船」二〇〇〇株の買付(同9)とその売付(同8)の取引をしたに過ぎない。また、その取引自体も、原告が自ら積極的に投資判断をしてBに指示して売買するというものではなく、Bにおいて推奨した銘柄につき、Bにおいて提示した計算に基づき指値をして行うというものであって(証人B、原告本人)、そのような取引実績のみから、Bにおいて、原告が前記のような信用取引の勧誘対象としての適格性を満たしていると判断できたものとは考えられず、この点からは、Bの原告に対する信用取引の勧誘は、原告の適格性についての十分な検討を欠くものであったと言わざるを得ない。

3  しかしながら、Bが原告の勧誘対象者としての適格性について十分な検討をせずに、原告に対する信用取引の勧誘を行ったことだけでは、直ちに、Bの行為が違法性を帯びることにはならないこともまた言をまたないところであり、Bの行為の違法性の有無を判断するに当たっては、この点のみならず、Bにおいて、どの程度原告に対して、信用取引の仕組み、危険性等につき説明し、これらの点についての原告の理解を深めているか(争点1(二))という点の検討が必要である。

二  争点1(二)(Bが原告に対し、信用取引の仕組み、危険性等についての十分な説明を尽くしたか否か)について

1  この点につき、原告は、本人尋問において、Bからは信用取引についての説明は全くなかったし、信用取引になっていることも明確には分からなかった旨供述し、Bは、証人尋問において、原告に対し、信用取引を開始する前に、信用取引の仕組み及びその危険性についての説明を行っており、その上で、原告が信用取引を開始した旨供述し、同旨の記載のある陳述書(乙第一号証)を提出している。

2  そこで検討するに、以下の点から、原告の右供述を採用することはできず、Bにおいて、原告に対して、信用取引についての一応の説明はなされていたものと認められる(乙第一号証、証人B)。

(一) 原告は、やはり本人尋問において、「信用を始めたら、半年は続けないといけないと思い込んでいたので損をしてもじっと我慢していました。」と供述しており、これは、信用取引における返済期間(本件信用取引の場合は六か月であった(証人B)。)の意味を誤解していたという趣旨と理解できるが、右供述は、前記1に掲げた供述内容と矛盾する。

(二) また、平成二年一〇月二九日には、当初保護預りとして預り証が発行されていた別紙記載番号2ないし4の株式につき、原告が保管していた保護預かり用の預り証が回収されて信用代用証券用の預り証に差し替えられており(甲第五号証の一、三、四、一六、一八、二五、証人B)、また、原告は、同日、同10ないし13の株式とともに現金四〇万円を入金しているが、一連の取引の経過に照らせば、この入金の趣旨は、信用取引のための委託保証金以外には考えられないところ、右預り証の回収、差し替えや委託保証金としての株式の入庫、現金の入金に当たって、原告からBに対して、その趣旨の確認が全くなされなかったというのも不自然である。

3  しかし、他方、Bの証人尋問における供述によっても、以下の点から、Bにおいて、争点1(一)についての前記一の認定に照らして、原告に対して、信用取引の仕組み、危険性等について、原告の理解が得られる程度の十分な説明を尽くしていたとは認められない。

(一) 前記一で認定した事実に照らせば、Bとしては、原告の来店を求めるなり、原告宅を自ら訪問するなりして、原告と直接面談の上、原告の理解の程度・状況を見定めつつ、説明資料等も活用して、説明を行うべきものと考えられる(因みに、日本証券業協会の定める公正慣習規則第九号「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」においては、平成三年一〇月一日施行の改正によって、第六条一項が新たに設けられ、そこで「協会員は、初めて信用取引を行う顧客に対し、本協会及び証券取引所の作成する説明書を交付し、その内容について十分説明するものとする。」と規定している。もとより、本件は、右規定の新設前のものではあるが、右規定の趣旨は、右規定の新設以前からそのように考えられてきたところを明記したものと考えられる。)ところ、原告に対する信用取引の仕組み、危険性等についての説明は、電話によるのみであり、また、信用取引口座設定約諾書への原告によるC名義での署名捺印も、被告の書類受渡しのみを担当する従業員のみが原告宅を訪ねて行われており、署名捺印に当たっての説明は行われていない(証人B)。

(二) 前記一で認定した事実に照らせば、Bとしては、原告の信用取引の仕組み、危険性等についての理解を十分深めるに足りるだけの説明をすべきものと考えられるところ、原告は、追証発生の際、Bに対して、担保として差し入れた株券がなくなってしまうのかという質問をしている(証人B)のであって、このような質問が、追証発生時に至ってなされること自体が、信用取引開始に先立つBの原告に対する説明が、原告の信用取引の仕組み、危険性等についての理解を十分深めるに足りるだけのものではなかったことを窺わせるものである。

(三) なお、原告による右(二)の質問に対しては、Bにおいて説明を施した(証人B)とのことであるが、前記のように、本件における信用買建は全て追証発生前に行われており、追証発生後は、信用決済と現引しか行われていないのであるから、仮に、Bの右説明によって原告が信用取引の仕組み、危険性等についての十分な理解が得られたとしても、時機に遅れていると言わざるを得ないのであって、Bにおいて十分な説明を尽くしたとは認められないとの結論を左右するものではない。

三  争点1(三)(個々の取引が、Bの断定的判断に基づく事実上の売買一任の状態で行われたものか否か)について

1  原告は、本人尋問において、Bの推奨に従って株式売買取引を行ったところ、「群栄化学」と「三井造船」とで売却益が出たため、Bのことを信用し、Bが、「次はこの銘柄をいきましょう。」というままに購入し、売却の際にも、Bからの「少しマイナスが出ているから株券を売って下さい。」との連絡に対し、原告としてはどれを売っていいのか分からないため、その旨返答し、Bにおいて、「じゃあ、これとこれを売りましょう。」と言うままに売却していたと供述している。

2  原告の右供述に照らして検討するに、原告は、自ら積極的に投資判断をしたことはなく、全てBの推奨に従っていたという趣旨と理解されるが、他方、右供述によっても、Bは、取引に当たって、原告に対して、電話等で事前に原告の取引意思の確認を得てはいたものと認められる。また、一連の売買取引において、原告による指値がなされているものも存することは、前記のとおりである。

3  以上に照らせば、個々の取引が、Bの断定的判断に基づく事実上の売買一任の状態で行われたものとは認められず、右事実を認めるに足りる証拠はない。

四  争点1(四)(Bの行為が、数量、頻度の過当な取引であるか否か)について

本件の一連の取引については、前記争いのない事実等7のとおりであるが、前記三の認定に照らし、Bの行為が、数量、頻度の過当な取引であるとは認められず、右事実認めるに足りる証拠はない。

五  争点1(五)(信用代用株式の無断売却)について

信用代用株式売却の状況については、前記争いのない事実等7のとおりであるが、各信用代用株式の売却については、それぞれの目的・理由が存在していることは、同7(四)のとおりであって、この点及び前記三の認定に照らし、Bが信用代用株式を原告に無断で売却していたとは認められず、右事実を認めるに足りる証拠はない。

六  争点1(Bの故意・過失の有無、責任)総括

以上によれば、Bは、原告に対し信用取引の勧誘を行うに当たり、原告の信用取引勧誘対象者としての適格性について十分見極めた上で、その程度に応じ、原告が十分理解できるように信用取引の仕組み、危険性等につき説明し、これらの点についての原告の理解を確認した上で、取引を勧誘すべき義務を負っているところ、その義務を怠った過失が存するものと言うべきである。

しかし、他方、原告は、前田証券を通しての取引で損を出していたため、それを取り戻したいと考えており(原告本人)、そのことが、原告において、信用取引について、漠然とではあっても、リスクが大きいことは知っていたにもかかわらず、その仕組みや危険性についての十分な理解のないまま、信用取引を開始することの一因になっているものと考えられるのであって、この点に照らせば、二割の過失相殺をするのが相当と認められる。

七  争点2(損害)について

1  前記六の認定に照らせば、Bの前記過失と相当因果関係を有する損害は、信用取引に起因する株式売買による損失の範囲内に限定されるものと言うべきである。

2  更に、常に価格変動リスクを伴う株式売買取引は、投資者において、そのリスクを踏まえた上で、自己の責任において投資判断を行うべきもの(自己責任原則)であり、証券会社の営業担当者としては、市場仲介者として、そのような投資者の投資判断の参考になる情報等を提供するにとどまるのであるから、個々の取引についての通常の価格変動による損失は、自己責任を負う投資者において負担すべきとするのが原則であると言うべきである。

3  したがって、本件において、Bの前記過失と相当因果関係を有する損害は、信用取引であることによって、拡大された損失であると言うべきであるが、信用取引においては、手持ち資金の三〇分の一〇〇の信用供与が受けられ、取引の規模も損失も、三〇分の一〇〇倍となるのであるから、信用取引であることによって拡大された損失部分は、実際の損失の七割分であると考えられる。

4  本件における信用取引に起因する原告の損益は、前記争いのない事実等7(三)によれば、次のとおりであり、合計金七一三万一〇四六円の損失ということになる。

(一) 「鉄建建設」四〇〇〇株 益金一万三六二〇円

(二) 「日機装」三〇〇〇株 損金計二一四万七二〇七円

(1) 信用決済一〇〇〇株 損金七七万二一七九円

右株式の信用決済損金は七七万八一七九円であるが、右株式については、配当金六〇〇〇円が原告に対して支払われており、配当金のようなインカムゲインもまた、株価の上昇によるキャピタルゲインとともに、株式投資の目的の一つであるので、右配当金は、右損金から控除すべきものであり、結局、金七七万二一七九円の損失となる。

(2) 平成二年一二月二一日、現引一〇〇〇株

平成三年二月二一日、現引一〇〇〇株 損金一三七万五〇二八円

原告としては、現引代金を支払って、信用取引を決済し、現物株式を取得したことになるので、右株式のように、原告が被告との取引終了時まで保有を継続したものについては、現引代金と取引終了当時の市場価格との差額をもって、原告の損失と認めることができる。

現引代金は合計金三六九万五〇二八円であり、取引終了当時の右株式の市場価格は金二三二万円(甲第六号証の一〇)であるので、差額の金一三七万五〇二八円が損失となる。

(三) 「倉敷紡績」五〇〇〇株 損金一一〇万三〇三一円

右株式のように、現引された株式が全て売却された場合には、その売却損(金一一〇万三〇三一円)をもって、原告の損失と認めることができる。

(四) 「日立プラント」四〇〇〇株 益金三万九三二一円

(五) 「本州製紙」二〇〇〇株 損金三三九万二六五〇円

(1) 信用決済一〇〇〇株 損金一七七万四六六一円

(2) 平成三年二月七日、現引一〇〇〇株 損金一六一万七九八九円

現引代金は金二八七万七九八九円であり、取引終了当時の右株式の市場価格は金一二六万円(甲第六号証の一〇)であるので、差額の金一六一万七九八九円が損失となる。

(六) 「鉄建建設」三〇〇〇株 損金五四万一〇九九円

5  信用取引に起因する損失のうち、Bの前記過失と相当因果関係を有する損害は、その七割である金四九九万一七三二円であると認められ、前記の過失相殺を行えば、被告が原告に対して賠償義務を負うべき損害額は、金三九九万三三八五円となる。

八  以上のとおり、原告の本訴請求は、金三九九万三三八五円の損害賠償金と不法行為の日以後の日である平成三年五月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。

(裁判官 團藤丈士)

〈以下省略〉

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